self-intoroduction



   三枝りいのすけ。 神奈川県で生まれ育ちました


 あたしが育った町は田舎町で、昔は「年に2回、親戚が一同に集まり、お祭りにはご馳走をふるまう。」という行事がありました。
幼い頃から人見知りの上に恥ずかしがりの内気な性格でしたので、ひとのまえには立てずに、いつも柱のかげや壁の裏に入り、目立たぬようにみられないように。と、そっと隠れていた子供でした。
 人が家に寄るということは、親戚が到着するたびに挨拶したりしないといけないのです。内気なあたしにととっては、とても恥ずかしいことなのですが、お祭りというものが大好きだったあたしは
それでも、この日が来るのを待ちわびたものです。

 縁日の、今でも目に浮かぶ、あの情景は、「あたし」というものの中の、「五分の一位の性格形成」を作り上げてくれていたのではないかと思うのです

コンビニもない、夜はどこも開いていないような真っ暗な昔の田舎。

 そんな田舎の夜にお祭りの日は特別な日となり、裸電球が何個も煌々と灯り、お寺の境内への道のりは昼間より明るく賑やかになるのです。
発電機のブォォォンという音、出店の、お好み焼きと染め抜いた赤いのれんの下では大きい鉄板があってお好み焼きが並んで焼かれています。その隣には艶やかに光る真っ赤なリンゴアメが並び、またその隣には、胴のなべの中にお砂糖が入れられ、くるくる回すとぷうっと膨らむカルメ焼き屋さんや薄荷砂糖を入れた首からぶら下げて吸いながら歩く薄荷パイプのお店、 そして樟脳の船(ショウノウの船)を静かに売っているおじさん。

樟脳をセルロイドで作ったお船のお尻に乗せて水に浮かべると、あら、不思議!お船がすーっと静かに進んでいくのです。
赤や桃色や青、緑色のセルロイドで作られた小さい船が水の水面を走るのをしゃがんでじっと眺めているのが好きでした。
この、ショウノウ船の樟脳は、古くからある洋服の防虫剤なのですけれど今は化学物質で作るニオイのない防虫剤に圧されてしまって今となっては殆どみかけなくなりましたね。


 子供心にも異色な出店は、「うみほおずき」。塩漬けみたいになった、ちょっとかたい、黄色や赤い食紅で色がついていたものが売っていたのね。 ひとついくらかで売っていて、それをくちに含んで、笛のように鳴らして遊ぶの。ただそれだけのものだけれどそんなのを買うのが楽しかったのです。

 普段にはないものでした。お祭りの時だけに並ぶ、特別なものだったのです。 その「海ほおずき」は、その頃、それは「イカの卵なのよ」とか「タコの卵なのよ」と言われていたのだけれど大人になって知りました。貝の卵だったのよね。 海のウシオ(潮)と磯の香りのあるあの味をお祭りの日が来ると口に入れて噛みしめたかったのだと思います。

 お盆の時期に出回る、鬼の灯りと書く オレンジ色の実のなる植物の「ほおずき」は、口に含むと独特の苦さがありました。ほおずきの皮の中から種を出せるかしらと、 「ほおずき」を笛のようにして吹くことよりも、中身を取り出すことに夢中になっていたあの頃。

そんなことが、 楽しかった。 そんな単純な日々でした。

 
 また、小さい頃には、祖父が家の前で畑でトウモロコシやキウリ、なす、トマト、カボチャなど夏は夏野菜をたくさんつくっていて、あたしはそういう夏野菜が大好きで、おばあちゃんや母がボウルいっぱいのキウリもみをつくっているそばから
キウリもみをもぐもぐとおいしくいただいていました。

裏口にはお風呂の焚き木となる薪がたくさん積んであり、クワガタムシの幼虫やサナギが薪の中に当然のようにいたのです、
なのであの頃のあたしにとっては、それは何でもない事だったので、木の皮をめくってみて、幼虫がいたら驚きもせずに「ふうん」とみていたり、
トウモロコシが植えられていた茶色く肥えた土の中にはオケラたちがたくさん住んでいて オケラたちは大雨になると土の中から急いででてきてワシャワシャしていたものです。

そのオケラのビロードのような毛の生えたからだをそっと撫でて、「これはモグラのちびっこなんではないのかしら。もしかしたら大きくなったらモグラになるのもあるのかもしれない。」そう考えるとわくわくして
小さなオケラが違う生き物にみえてきて、そうするとまたもっとわくわくするのでした。

何をみても珍しく、面白くて、つまらない日なんかひとつもなかったのです。

 そう、「つまらない」なんておもったら、「つまらない」のです。こんな出来事のひとつひとつ、たいしたことではないものね。
なので、他のひとからみたら、「つまらない。」のかもしれません。

でも、でも、そんなのもったいない。 たわいのない、ちいさい、ちいさい、ひとつのことから枝葉が伸びて、「おやおや??」と、疑問がでてきたら、それはもう、あなたのまわりにも 「ふしぎがいっぱい」な、はず。

 「あたしのこと。self-intorodution」
今回はここらへんでいったんとめて、また付け足して書いていこうかと思います。

自分の回顧録みたいになっちゃうわね。

 実際、本当に地味でね、なんていうか、おとなしくて、目立たない子だったのよね。
小学一年生になった時、教室でひとことも話さずに一年過ごしたような子だったのよね。



すこしずつ、あたしの性格形成をした「あと五分の四」のことを書いていきます。     
読んでくださって ありがとう。 

 
 りいのすけは、こんな感じの子供でした。




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